芦ノ湖畔で釣りをしていた明智小五郎(天知茂)は霧の中で柳倭文子(三ツ矢歌子)と言う美女に出会う。その晩、財産家の未亡人である倭文子を巡って岡田(菅貫太郎)と三谷(松橋登)が決闘を行い、敗れた岡田は硫酸で顔を焼き湖に身を投げて自殺した。
数日後、倭文子の一人息子の茂が誘拐され、更に身代金を持っていった倭文子も拉致されて凌辱される。犯人は顔の焼け爛れた男だった。恒川警部補(稲垣昭三)の依頼で捜査に乗り出た明智は、柳邸に現れた犯人を追跡し倭文子と茂を救出する。岡田は生きていて倭文子に復讐しようとしているのか?明智は助手の小林(大和田獏)に調査を命じる。
そんな折、倭文子が執事の斎藤(稲川善一)を殺して姿をくらませたと言う連絡が入る…。
三ツ矢歌子
柳倭文子役。1936年生まれ(当時40歳)。大阪府出身。
1955年、新東宝の第4期スターレットとして入社。1956年の映画「君ひとすじに」でデビュー。1961年の新東宝倒産後はテレビドラマへ活動の場を移し「気まぐれ本格派」(1977年)「鬼平犯科帳」(萬屋錦之介版、1980-82年)などに出演。2004年没。
夫は映画監督の小野田嘉幹。長男はこのシリーズで3代目小林少年を演じた小野田真之。
記念すべき1作目。1977年7月2日から始まった「土曜ワイド劇場」にとっては通算8作目の放送作品にあたります。放送時間枠はまだ1時間半でした。
タイトル「氷柱の美女」は1950年に原作「吸血鬼」が大映で
「氷柱の美女」として映画化された時のものと同じです。インパクトのあるタイトルだったので流用したのでしょうが、後にシリーズが全て「〜の美女」のタイトルで統一され「美女シリーズ」と総称される機縁となりました。
尤も、この時点ではまだ単発作品として企画されたのでしょうし、シリーズ化後の作品とはかなりの点で違う部分があります。
まず、後の作品ではヒロインが運命に翻弄される存在として描かれているのに対し、この作品では割合劇中での比重が軽い感じです。尤もこれは演出上の意図より、後述するように演じた女優さん自身の問題だったのかもしれません。少なくとも私にはヒロインより犯人の哀しい姿の方が印象に残ります。
内容面では、原作から"いいとこ取り"してアレンジしつつ忠実に雰囲気を出していると思いますが、その分原作の陰惨さがストレートに出過ぎているので、かなり暗いです。これはムードメーカー・荒井注の波越警部がまだいないせいもあるでしょう。この作品で恒川警部補を演じた稲垣昭三さんも三枚目の線で芝居をしてはいるのですが、中途半端で却って浮いてしまい、コメディリリーフの味は出せていません。本作品に荒井注さんがいないことで、後のシリーズで波越警部の存在がいかに貴重なものだったかを改めて思い知らされる次第です。
そして問題なのが先に触れたように、三ツ矢歌子演じるところの「美女」です。原作の設定は若き未亡人、ドラマでも「男を不幸にする」妖しい魅力を持った美女と言うことになっているはずですが、三ツ矢さんのやや太りかけのオバサン化した外見からするイメージはどー見ても良妻賢母というタイプ。三ツ矢さんも美しくないとは言いませんが3人もの男(明智も含めて)が目の色変えるほど魅力があるとは思えないところが、ヒロインの印象を著しく弱めてしまっています。
明智小五郎を演じ、現在に至るまで「天知が明智か明智が天知か」と言われるほど代名詞になった天知茂も本作品ではまだキャラクターが確立していない感じで、何だかちょっとヘンです(笑)
のっけからまずサングラスでの釣り人姿が胡散臭すぎます。初対面の相手にいきなり滔々と自らの犯罪美学を説き始めたり、果ては(捜査の必要とは言え)殴りつけたりするのも後年の知的で紳士的な明智先生のイメージと違い、態度がやけに強引で荒っぽいです。口調もやや乱暴気味で、ところどころ天知さんが先行して演じていたもう一つの当たり役、「非情のライセンス」シリーズ(1973〜80年)の会田刑事が混じっているような感じもします。
先生の聡明な助手、ショートカットでボーイッシュな魅力の文代さん(五十嵐めぐみ)もこの1作目ではまだ髪が長く、キャラクターもお淑やかで大人しめです。
ほかにも入浴シーンがないとか、小林君が1作限りの大和田獏だとか、あの有名テーマ曲がまだない(ちなみに6作目から)とか、気になる点はありますがそれは省略するとして、特筆すべきなのは明智先生の変装シーン。犯人とそっくりのグロテスクな仮面は明智の自前ではなく「東京中探し回って同じものを手に入れた」とされています。
シリーズの回を重ね変装が定番化してからは、何のために変装しているのかが不明になって来ますが、ここでの変装には犯人の動揺を誘う意図がはっきりしています。
初代「美女」となった三ツ矢歌子さんは天知さんと新東宝時代の同僚。映画では何度も共演しています。
「黒線地帯」(1960年)の天知茂と三ツ矢歌子
三谷役の松橋登さんは今でもイケ面で通用しそうな二枚目の優男で、狂気をはらんだエキセントリックな役が抜群にはまる俳優さんです。美しい女装姿まで披露して、もしかしたら「美女」とは松橋さんのことだったのではないかとさえ思えます(三ツ矢さんごめんなさい^^;)。第10作
「大時計の美女」にも出演しています。
岡田役の菅貫太郎さんも時代劇で冷酷非情な狂気の殿様役を演じたら右に出る者がなかった個性派俳優。このドラマでも冒頭のみの登場ながら強いインパクトを残しました。